闇夜の足音
闇夜だ。
闇が煮詰めた樹液の様に肌に纏わり付く。冷たい夜風がそよと肌を滑りゆくが、闇を振り払うことなど出来やしない。全身がすっぽりと春近き晩冬の夜闇に浸っている。
遠くにぽつりと灯りが見えるが、較べる物の無きその孤灯は遠くに在るのか近くに在るのか判然とせず、自然、枯葉を踏みしめ峠道を下る足が速まる。私はひとつ山を越え、山向こうで名医と囁かれる医者を訪ねるところであった。急がねばならない理由があったのだ。山向こうの医者から薬を貰って来ようと言ったところ、夜が明けてからにした方が良いと止められたが、熱を出し苦しむ我が子をただ見ているのは居た堪れなかった。
無事に山頂を越え、このまま医者の居る麓までは一本道だと聞いている。迷う心配は無かった。とにかくただ只管に足を前へ動かせば良い。
ふいに足先へ軽い衝撃が走ったかと思うと、身体が傾いだ。間髪入れず右腕を下にする形で強い衝撃。鈍い痛みにぐうと呻く声が漏れてしまう。起き上がって足元をまさぐってみれば、地面から突き出た太い木の根の一部に足を取られたに違いなかった。
一心不乱に歩いていたためか、吐く息や胸の辺りは温かい。とは言え、守るものが脚絆一枚であった脛や、思わず地面についた手の先は凍るように冷たく、過敏になった其処を細かくささくれた枯れ枝が引っ掻き、男だてらに金切り声のひとつも上げそうになってしまう。
痛む部分を無心にきつく押さえ、荒ぶる息を抑えようとしている時だった。
ぺたん。―――…ぺたん。
周囲の何の音と聞き間違えようもない、柔らかな音が耳を打った。春近いとは言え冬枯れの様相のままの山奥。冷たく硬いその場所に不釣り合いな、ゆっくりとした人の重みの乗った――…
(“足音”か。)
自然とそう思った。だが直後、その状況があまりに面妖で背筋が粟立つのを止められなかった。こんな夜更けに、斯くも足場の悪い道を、誰が行くというのだ。自分のような急ぎの者か。いやしかしそれならば何故こんなにゆっくりと…掃き清められた街中を草履でそぞろ歩くかのような足音で。
枯れ枝ひとつ折るでもなく、足音は自分のずっと背後で鳴り続けている。動物のそれではない。二本の足で歩いている、足音。
背中を冷たい汗が伝い落ちる。歯の根が合わずカチカチと鳴る。寒いからではなかった。
(近付いてくる、のか。)
ここまですれ違った人影などない。つまりこの足音は背後で、自分と同じ方向へ向かっている。このまま地面に這い蹲ったままでいれば、早晩追いつかれるのは明白だ。
追いつかれる――…それは酷く怖ろしいことだ。頭の中でこの足音の主はとてつもない異形の者となっていた。
息せき切って駆け込んだ麓の家で「…おや、どうやらあんたも聞いたんだね」とその家の親爺に哀れむように言われても、身体の震えが治まることはなかった。
いや、自分が書いた上の文自体には何の意味もないんですけどw
なんつうか、昨日の夜に歩きながら帰っていて、煌々とした夜の街の灯りとか、自分の携帯だとかを見ながら、今はべとべとさんどこにいったんだろうなぁとか考えてみたw
中学の時、図書館にあった水木しげる御大の妖怪事典、だいすきですた。
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