いや違うだろう!

携帯メール依存の子供 1日20通/顔知らぬ相手…

記事の展開から(と言うよりはタイトル末尾の「…」からね)、何やら不穏当な調子だなぁとは思ってたんですが、最後の段落で「いや、待った!」と言いたくなった。

 同協議会*1は「正体の分からない相手に、自分の情報を教える危険性が子供には分かっていない。親が(有害サイトへのアクセスを制限する)フィルタリングなどを利用すべきだ」としている。


大事なのはフィルタリングじゃない。やっぱりITリテラシー教育なんだよ!!
顔も知らない相手とメールすることについて是か非か言っているように見えて、結局最後のその一文に落ち着きたいだけなんじゃないかと思えてしょうがない。


今のIT技術やITインフラの発達に伴って子どもたちが手に入れているものの1つに、ボーダレスに繋がりを持てる、ということがあると思う。
昔は、何か特定の趣味を持っても自分の周りで同じことに興味を持つ人がいなければ、仲間なんか出来なかった。今はインターネットの検索でその趣味を検索するだけで同好の士を見つけることが出来る。携帯のSNSサイトから同じ趣味のコミュニティーを形成する一員になることが出来る。昔は1人で楽しむしか出来なかったのに、今は情報交換をしたり趣味について語ったり、インターネットに繋がったPC1台・携帯1台で出来てしまうのだ。
好きな文章を書くアマチュアの物書きさんや絵描きさんに出会うことだってある。一歩踏み出せばその人にファンレターならぬファンメールを送り、密にやりとりすることだって可能なのだ。


そんな昔の自分たちが待ち望んだ世界に、フィルタリングをする必要があるか?意義があるか?


詳しく言えば、この記事の最後の段落のうち、「正体の分からない相手に、自分の情報を教える危険性が子供には分かっていない。」――…この前段には肯ける。安易に個人情報を流出させてしまうことが自分の身、場合によっては家族の身にも危険を及ぼすことを子どもたちは分かっていない。
「分かっていない」のだ。
分からせれば、いいではないか。
「分かっていない」から「隠してしまえ」…随分と短絡的で、子どもたちをバカにしていて、育てる気のない考え方と思えるのは自分だけだろうか。

*1:日本PTA全国協議会