読了本その1「乱鴉の島」


私は偏読です。読む本に著しく偏りがある。肌に合う文章しか読めないので、作品やジャンルでというのではなく、作家で好きになります。一度「この人の文章好きだな」と思うと、その後の新刊もずっと追います。
そんな私にとって、ミステリというのは少し特別なジャンルです。このジャンルには、好きな作家さんが多い*1。そんな中でこの「乱鴉の島」の有栖川有栖さんは一番好きな作家さんです。
彼の文章は叙景的でべたつきがなくて、それでいて人物はいきいきと動いている。どこか突き放した感があるのに、なぜかリアル。ミステリですからほぼ毎話で*2殺人事件が起きますがその血腥さはほとんど感じられなく、その代わり事件の謎を解き明かす時の緊張感と躍動感は身に迫ります。どこか一枚ガラスを隔てた他人事なのに手が届きそうな気がするその世界は、ブラウン管越しに見つめながら感情移入するテレビの世界とよく似ていると思います。
ミステリというのは個人的解釈として、“一見全く不可解で恐怖し幻惑されるような事象”を、“一片の閃きとそこから発展する精緻な推理”によって解き明かし、その“アクロバティックな論理展開と華麗な結末の着地”によって、カタルシスを楽しむものだと思います。そこに有栖川さんのテレビ的な筆致は非常によくマッチして、私にはとても心地良い。
ふとここまで書いてきて、有栖川さんと(同じくミステリ作家の)綾辻さん*3が冬にやっていらっしゃる「綾辻行人有栖川有栖からの挑戦状」という企画は、(私なりの解釈ではw)そりゃ盛り上がるはずだわ、と思いました。


さて、肝心の本の感想ですね(笑) 四年ぶりの火村シリーズ。しかも「マレー鉄道の謎 (講談社文庫)」に続く長篇。
今回は伊勢湾に浮かぶ絶海の孤島・黒根島、通称烏島(からすじま)が舞台です。住民が皆無に等しいこの島に集まった、何やらワケありな人々。そこに迷い込んだ探偵役の火村と助手役の有栖川。更に訪れる、歓迎されない闖入者*4。探偵役が来たのを待ち構えていたかのように、起こる殺人事件――。
以下、ネタバレを含みます。




舞台装置はクラシカルな孤島ものですが、最後まで読んでみると、満足した部分と「ん?」と首を傾げたい部分が混在していたな。


今回の最大の謎は「人々は何故この島に集まってきたのか」。


しかし、新本格と呼ばれる推理小説のジャンルにおいて、殺人事件が起きた際に探偵役が解くべき謎といえば、「犯人はいかにして殺人を行ったのか?」「犯人はどうやってこの密室の殺人現場から逃げ出したのか?」などの「HOW?」の疑問点がその華たるものだろう。そこに至るまでに「被疑者の一人である犯人のアリバイトリック(WHEN?)」や「遺体移動による殺害現場の誤認トリック(WHERE?)」「凶器は何か(WHAT?)」などの解明があり、「HOW?」が紐解かれ、最終的な「全ての謎を解き明かせば、犯行を行えたのはあなたしかいません」という「犯人は誰だ(WHO?)」が明かされる。そしてそこにおまけのようにくっつくのが「なぜ○○さんを殺したんです?(WHY?)」。ミステリ批評に多く使われる、「ホワイダニット(Why done it? ――何故そんなことをしたのか?)」という言葉はあるけれど、新本格を読む限りそれはフーダニットに付属のもの…という印象。
WHEN・WHERE・WHAT → HOW → WHO(+WHY) という構図だ。
「WHY?」のアンサーにはそれほどの衝撃はなくてもいい。(もちろんその伏線を張っていないと、“フェアではない”)


それに置き換えると、今回の「乱鴉の島」では「WHY?」が主眼なのである。
ただし、人々がこの島に集まってきた理由が全ての始まりではあるはずなのに、それが殺人事件の背景かと言われれば首肯しかねる。
WHY → WHEN・WHERE・WHAT → WHO であり、且つ
WHY1   WHEN・WHERE・WHAT → WHY2・WHO …。
これは、読んでもらえると意味が分かると思うのだけれど。


それがミステリとしてどうなのよ、と言うつもりはない。場面設定や対立する人間の構図の緊張感、謎解きはさすがの有栖川節だし、十分に面白かった。
だからこそ、最後に宙ぶらりんにされたような感覚を味わった。
きちんと着地したかったような、いやせっかくだからこの宙ぶらりんの新感覚を十分味わうか。
さて、ほかに読んだ方はどう思ったんだろう。



9/21追記。
そういえば海老原さんの部屋にあった大鴉の剥製の謎は解けてない?

*1:有栖川さんの他にも、新本格の旗手とされた方の中では綾辻行人さんや我孫子武丸さんが好きです。最近だと、鯨統一郎さんや加藤実秋さん、近藤史恵さん、坂木司さん、倉知淳さんなども好き。

*2:長篇も魅力ですが、私は有栖川さんの短篇が好きです。「ロシア紅茶の謎 (講談社ノベルス)」や「英国庭園の謎 (講談社文庫)」など。

*3:綾辻行人さん。「十角館の殺人 (講談社文庫)」は紛うことなき名作。

*4:ところで、この時代の寵児初芝さんのモデルは、スマートになって保釈された彼の人ですか?www